2005年10月30日 (日)

自殺について

死にたければ勝手に死ねばいいと思うのだが、やっぱり自殺をする人が許せない。殺人という行為が体に危険が迫っていない限りどんな理由であれ罪なように、自殺も罪だと思う。自由を訴えて自殺した人に対して失礼だけど、それを許すことは生きている人にもっと失礼だと思うのです。

僕達は自然が生み出す様々なものを食べて生きている。生きたいからだ。そして、人間が生み出す様々なものを利用して生きている。より良く生きたいからだ。服、鉛筆、音楽、車・・・全てのものはたくさんの命が削られてできている。つまり、人間一人に膨大な命が係わり無意識にも一緒に生きている。自然や他人が苦労して生み出したものを使い、一生懸命生きていくことが人生なのだ。そうして生きているのに自殺してしまうのは、今まで生かさせてくれた全てのものに対して失礼だと思うのです。人類には歴史と文化があるけれど、それは、生きたい、より良く生きたいという結晶なのではないでしょうか。

どんな死も美化されるべきですが、最も美化されるべきものは、イジメで心に深い傷を負いながらも克服した人、借金で苦しくても逃げなかった人、病気で辛くても負けなかった人、困難にも勇気で立ち向かっている人、そんな、生きていることに誇りを持っている人達のはずだ。

あれこれ理由をつけて自殺を否定してみたけれど、本当はあっさり自殺してしまえる人が羨ましいだけなんだと思う。生きたいという動物的本能や羞恥心があるからかろうじて生きているだけで、僕だって早く死にたいんだよ。中途半端に強くて死ねないから、生を肯定して生きていくしかないのです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005年9月22日 (木)

明かりはあるのか

「この国は終わっている」とか、「病んでるよ」等とテレビを見ながらそういうことを言える日本はまだいいと思う。あまりに悲惨すぎてなかったことにしたい国、悲惨なのになかったことになっている国、とにかく本当に終わっている国の話をしたい。

「シエラレオネ」という終わっている国がある。知らない人がいたら、終わっている国とはそういうことだ。内戦の影響で、この国の平均寿命は40歳もなくて、乳児は1年以内に2割弱が死に、5年以内の死亡率だと3割を超えてしまう。生き残った3分の2も、男のほとんどは人を殺すためか殺されるために生まれ、女のほとんどはレイプされるために生まれてきていたのだ。

反政府軍の蛮行のせいで、この国の何千人という人達には手足がない。資源のダイアモンドを採らせなくして、政府の経済を低下させるためと、少年兵に親や隣人の手足を切り落とさせて、軍隊から帰る場所をなくさせるめだ。

誘拐されて兵士になり、親を殺しにいった少年。薬を打たされて殺人マシーンになり、人肉を食ったり赤ん坊をレイプしていた少年。少年も被害者も、PTSDやトラウマになっただのと訴えることもできない。

お金のために自分の子供を人身売買してしまう親もいる。さらにそれを買った小金持ちは、その子供の手足を切り落として物乞いをさせるのだ。ユニセフが手足のない人達に支援金を出すと言うと、さらに手足のない人達が増えるという不幸のループ。

本当に終わっている国というのは、こういうニュースさえも世界に流れない国だと思う。シエラレオネはあまりに悲惨すぎて、わずかながらも世界に興味を持たれた。手足を切り取るというセンセーショナルな事件がなかったらどうだったのか。ダイアモンドの資源がなかったらどうだったのか。

イランのように石油資源もない貧しすぎる国、アフガニスタンのことを考えてしまう。世界はいつまで彼らに興味を持っていてくれるのだろうか。

僕達がテロをやるのと、「終わっている」彼らがテロをやるのとでは、意味合いが全然違うのかもしれない。絶対に許されないことだけど、彼らはいつも許されていないのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月19日 (月)

人にやさしく

僕は、自分の信じているものを興味がない人に押し付けなければ、少しは世界が平和になると思っている。

例えば、僕は音楽が特別に好きだけど、洋楽好きの人によくいる選民主義的な思考が嫌いだ。「本物を聴けよ」とか、「売れ線なんか聴くなよ」等とまったくの素人にダメだしをする人を見ると悲しくなってくる。音楽が好きな人同士で「もっといいバンドがいるよ」とか、「これ聴いてみなよ」等と言い合うのはいいけれど、ただ流行っているから聴いているだけの人に「流行ばっかり聴いているからダメ」なんて思うのは勘違いもいいところだ。

ほとんどの人は、特別に好きでもないものに本物なんて求めていないと思う。「本物を聴け」と言う人が、いつも本物の食事をしているわけではないし、いつも最高の服装をしているわけでもない。あれもこれも興味を持って時間を費やすことが出来ないから、企業やメディアが勧めている商品や売れている商品を買うことはとても自然だし、それがマーケティングというものだ。それを「もっとましなものを食べろ」とか、「もっとセンスのある服を着ろ」なんて言われたらどうだろうか。ベストセラーになった本を読んでいる人に、「あんなので感動してる人はバカだ」と言うのではなく、「マーケティングが上手かったんだなぁ」と言えるくらいのゆとりが欲しい。

人は、自分が信じているものを他人にも勧めたくなるものだけど、興味がない人にまで押し付けてしまったら迷惑である。宗教でも、趣味でも、感情でも、多少の一方通行が許されるのは、わかり合える人同士だけなのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月17日 (土)

僕が宗教を信じない理由

生まれてすぐに消えてしまう命がある。その命をぞんざいに扱う宗教家の非礼が許せない。

宗教の勧誘が来ると大体同じことを言う。「不幸な原因は前世の影響です」、「信じれば救われる」、「どんなことにも神の意思があるのです」、こんな感じだ。

信じる時間すら与えられず、不幸が何かもわからずに死んでいくことにどんな意味があるのか。神を肯定するための欺瞞としか思えない。もしも救われるものがあるとしたら、真っ先に救われるべきものはそんな命とその親の悲しみなのに、宗教家というのはこういう悲しみに対して本当に無神経だと思う。こんなことを勧誘の脅しに使うなんてあきれ果てる。

「神様なんていないから宗教がある」僕が10代の頃に悟った揺るがない真理。こんな簡単なことを人類は何年も論争している気がする。

盲目的に宗教を信じている人よりも、物わかりのいい人に惹かれる。なおかつ現実的なだけではなく、「ロマンとしての神様」が頭の中にいる人間が好きだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年9月16日 (金)

自由

究極的な極論を言ってしまうと、人はみな自分のやりたいことをやって生きているのではないか。ナポレオンも、マザー・テレサも、宮崎勤も、名も知らないホームレスのおじさんも同じように。

他人に尽くして生涯を終えることが、名声のためなのか、自己満足なのか、思いやりなのか、それは本人でしかわからないことだけど、間違いなくそれがやりたいことなのだろう。

人殺しも盗人も、それがやりたいことだからやったのだろう。刑務所に入ろうが死刑になろうが、やりたいことをやった結果なのだから黙って刑を受けてもらいたい。後になってグダグダ言うのは知性の欠片もなくて恥ずかしい。

凄いムカつく事実だけど、捕まる覚悟を持って罪を犯されたらどうしようもない。目的を達成するほうが刑務所にいくことよりも重要だと決意されたらどうすることもできないのだ。だから刑罰はもっと厳しくするべきだと思う。

よく、「やりたいことがやれていない」とか、「思ったような人生が送れていない」とか言う人がいるけれど、そんなことはないはずである。学校を辞めたければ辞めればいいし、勉強がしたければがんばればいい。お金が欲しければ、盗むか立派な人になって稼げばいい。盗みをして犯罪者になるのが嫌ならば、犯罪者にならないほうが生きたい道なのだ。仕事をするよりも怠けていたければ、怠けるほうがやりたいことなんだろう。

他人に自分の人生をめちゃめちゃにされない限り、人生とはやりたいことをやってきた結果なのだから、今の状況が最高の生き方だと思いたい。そう思うと楽だ。

望むように生きていない人がいるのならば、それは理不尽な囚われの人だけだと思う。例えばアウンサンスーチーや、チベットの人達なんかがそうだ。そういう人を除けば、人助けをしている人も、万引きをしている人も、ブログを書いている僕も、今一番やりたいことをやれていると思う。一番やりたいことをやれて生きてるんだから、「あれもやれていない、これもやれていない」などと言ってもしょうがない。やりたいと思った時にやらないってことは、たいしてやりたいことじゃないんだよ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月12日 (月)

君に何を言おう

僕は空想するのが大好きだ。自分だけのやさしい世界。誰にも怒られないし、誰にもバカにされないから好きだ。毎日毎日、自分やあの子や世界のことを考えては興奮したり死にたくなったりしている。

そんな空想の中でも特に好きなものがあって、中学生の時から考えていることがある。それは何かというと、あと一言だけ言葉を吐いたらもう二度と話せなくなってしまうとして、そうなったら誰に何と言おうかということ。

両親?好きな人?世界に向かって?個に向けて言葉を吐いて、言葉の伝わる重みをとるのか、それとも全体に向けて言葉を吐いて、言葉の伝わる量をとるのか。

ありがとう?ごめんなさい?愛してる?感謝なのか懺悔なのか愛の言葉なのか。僕はどんな気持ちを伝えたいのだろう。

あぁ、誰に何を言おう。このなんともいえない快感をわかってもらえるだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年9月11日 (日)

100年カレンダー

素敵なサイトを見つけたので紹介したいのだけど、その前にこの記事を読んで欲しい。100年カレンダーを見ると不安になる人が多いという。明日さえわからないのに、数年後、数十年後なんてわかるわけがない。でも、100年カレンダーを見るとそれはすぐに来てしまうと感じるから不安になるのだろうか。

誕生日を入力してからOKボタンをクリックすると表示されますLoneliness of 100 years 「人生まだまだ」と思うのか、「こんなこんなところまで来てしまった」と思うのかは人それぞれですが、人生は曖昧模糊としているから楽しいのかもしれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年9月 6日 (火)

珊瑚の城に住まうのは、人魚ではなく

アメリカに「コーラル・キャッスル(珊瑚の城)」という建造物がある。お城を建てたのはエドワード・リズカーニンという男なんだけれど、彼がこの珊瑚の城に込めた屈折した愛の物語と、これを1人で作製したミステリーが僕を惹きつけてやまない。

ラトビアで生まれた彼にはアグネスという若い婚約者がいたんだけれど、結婚式の前日に突然婚約を破棄されてしまう。傷心の彼は生まれ故郷を離れ、各地を転々としながらフロリダ州にやってくる。何年たっても婚約者のことが忘れられない彼は、ここでの彼女との結婚生活を夢見て珊瑚の城の建造に没頭しだす・・・。簡単な物語はこんな感じだ。

なにが凄いってここのフォト・ギャラリーで見れるけれど、外壁はもちろんイスからベットまですべて珊瑚の岩でできているのです。重さが9トンもあるのに子供でも容易に開閉できたというゲートや、高さ8メートル重さ30トンもあるという城のオベリスクなどは、どうやって一人で運び込み組み立てることができたのでしょうか。目撃者も存在せずまさにミステリー。ハートやフロリダの形をしたテーブル、夫婦喧嘩をしたときに顔を合わさずにすむように造ったといわれる背中合わせのイスなど、彼の心を空想しながら鑑賞したら凄い楽しそう。結局アグネスがこの城に来ることはなかったけれど、僕はこういう、勘違いと思い込みと妄想が織り成すことで生まれる「魔法」が大好きだ。

因みにフランスにも「シュバルの理想宮」という、郵便配達の男が30年以上かけて造り上げた石のお城があるんだけれど、こちらも「珊瑚の城」に劣らないくらいの惹かれる物語と美しさがある。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年9月 5日 (月)

絶対内緒だよ

ポストを開けると、ピザ屋と風俗と消費者金融のチラシがてんこ盛りだ。いつものようにゴミ箱に捨てようとしたときに気になる一文が見えた。「1週間以内の返済なら無利息でご融資します」俺は閃いたのだよ。

A社、B社、C社、D社、E社から10万ずつ借りて、後日F社、G社、H社、I社、J社から10万ずつ借りる。で、F~J社から借りたお金で、A~E社に返済して、さらに後日またA~E社で10万ずつ借りて、後日F~J社に返済する。これを1週間以内にずっと繰り返していけば50万も浮くじゃないか!消費者金融の店は無数にあるから50万どころじゃないぜ。

決めた、俺はこれで生活していく。君たちには特別に教えてあげるけど、誰にも言っちゃダメだよ!

というネタを1日中空想していました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年9月 3日 (土)

ノーマネーでフィニッシュです

スキップという行為にビッグ・マネーが隠されていると睨んでから15年あまりも過ぎてしまった。これはいかん、今年の夏が終わったら忘れることにしよう。

おっさんがウンコの途中で思いついたり、主婦がせんべいタイムの最中に閃いたりしたことが大ブレイクしているというのに、俺ときたら大ブレーキだ。ましてや老い先短い爺さんが、本気なのかボケてるのかわかんないようなアイディア商品で何億という金を生み出しているんだよ、コンチキショー。俺だって「ろくでもないことばっかり考えてるね」じゃなくて、「目の付けどころがシャープだね」ってたまには言われたいんだよ。

よし決めた。夏が終わったら遠回りの発想でいこう。スイカを四角形にしたら売れるんじゃないかって思いついた変態がいたけど、普通に考えたら逆に売れないだろって思うような逆転の発想が大事だと思うんだ。遠回りが実は近道だったみたいな。

それはいいとして、やっぱり対象を定めなければ。なんだろう、意外なところにビッグ・マネーは潜んでいるからな。う~ん、しゃっくりとかいいかも。あぁ、間違いない。しゃっくりは金の臭いがプンプンするぜ。逆立ちしながらしゃっくりしたら実は凄い快感を覚えたりするかもしれん。それともしゃっくりと同時にあくびをすることによって、通常より髪の毛が伸びやすくなっていたらどうしよう。

うん、わかってる。根本的に間違ってるって言いたいんでしょ。でも、それは言わない約束。

| | コメント (0) | トラックバック (0)