2006年5月 8日 (月)

僕の胸は明日張り裂けるだろう

たまに負の部分がまったくない人がいる。そういう人を見ると「こういう人になりたいなぁ」と憧れ、同時に自分が恥ずかしくてたまらなくなり避けてしまう。例えば、尊敬する中村一義と話せる機会があっても、僕は会話することなく逃げ出してしまいそうな気がする。いつでもどんな時でも優しくなれるような人間になるまで待ってくれと。

明日、何の偶然か知らないけれど、憧れつつも避けていた素敵な人と食事をすることになった。もう恥ずかしさ一杯で気が狂いそうだ。誰とでも臆面なく話せる人が羨ましい。

もしも神様がいるのならば、優しい人だけの世界を作ってあげてください。多分僕は行けないけれど、それでもいいから。どうか、素敵な人達がひったくりとかイジメとかと無縁でありますように。

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2006年2月17日 (金)

決断

ありがたいことに同業の数社から入社のお誘いがありまして、色々考えた末に2社に絞ったのはいいのですが、どちらにしようかいまだに迷っています。人で選ぶべきか、条件で選ぶべきか・・・。あまり焦らずに時間をかけて決めようと思います。

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2006年1月24日 (火)

久しぶりに更新

今日、社長に2月いっぱいで退社する旨を伝えました。なんだか色々考えちゃって、寝不足の日が続いています。

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2006年1月 2日 (月)

あけましておめでとうございます

正月気分なんて味わう暇もなく、今日から仕事始めでした。毎年そうなんですが、開店前から福袋目当てのお客さんの行列が凄いです。僕の売り場は開店休業状態なのでお留守番しているだけですが、婦人服売り場の人は大変だろうなぁ。

今年もなんとなく1年が過ぎますように。今年は優しい人が幸せな年で、クズが絶滅する年であるよう祈っています。

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2005年12月31日 (土)

来年もよろしくお願いします

今年はこんなまとまりのないブログを読んでくれてありがとうございました。まだまだ書きたいことがたくさんあるので、来年も是非読んでやってください。それでは皆さんよいお年を~。

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2005年12月27日 (火)

もういくつ寝ると

今日はマリオットアソシアホテルで忘年会だった。料理は美味しかったけど、久しぶりにちゃんぽんで飲んだので気持ち悪い。明日からも当分忘年会が続くので、お家が好きな僕としては少し気が滅入る。でも、忘年会ラッシュが終われば正月休みだ!大晦日から実家に帰ってのんびりするぞ~。

と思っていたら、初売りバーゲンの準備で大晦日は残業だとさ・・・。しかも、正月から販売応援も頼まれてしまった><;実家で寝正月の夢がorz

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2005年12月15日 (木)

転職

僕の会社は名古屋にある4つの百貨店で主に営業しているんだけど、最近会社を辞めた人が何人かいてピンチだった。結局、来年の3月いっぱいで百貨店部門から撤退することが決まったので、僕も転職しようと思う。

今勤めている会社は薄給だけど、仕入れから販売まですべて自分のやりたいように出来るので面白い。次の会社の仕事も面白いといいなぁ。

僕はこの先どうなっちゃうんだろうか。なんだか眠れない日が続きそうだ。

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2005年11月26日 (土)

片想いの悶々とした諸々が好きです

「孤独はいいものだけど、孤独はいいものだと話し合える相手をもつことは喜びである」バルザックの奴め、酷なことを言いやがる。孤独について語りたい僕は、まだまだロンリーマスターにはなれそうにないのです。

僕みたいなひねくれものでどうしようもない人間を好きだと言ってくれる、奇特な人間がたまにいたりする。もうそれだけで惚れそうになるけど、僕をわかっていないからそういうことが言えるのだとも思ってしまう。与えられた愛を甘受していれば楽なのに、自分をわかってくれる人を求めては絶望する。めんどくさがりの最低な奴のくせに恋だけは能動的。しかも気持ちだけ。

たまに行動しようとしては死ぬほど落ち込むんでしまう。わかってくれる人がいたとしても、それは素晴らしい人に決まっているわけで。こんな落ちこぼれの話を聞いてくれるだけでもありがたいと思え、欲ボケが。

僕より素敵なあの人が、僕より素敵な人達とトランプゲームをしているのだけど、僕にはカードが1枚しかないので、いつも泣きそうにゲームの終わりを待っています。手持ちのカードはジョーカーで、無様な僕を笑っていました。「お前、俺を出す勇気があるの?出してどうするの?」って。

ゲームに参加させてくれてありがとう。

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2005年11月24日 (木)

ココログ

長時間のメンテが終わって、ココログからのお知らせがフリー版、開始しました ニフティの会員以外でも無料で利用できるブログのようですが、有料のベーシックよりも高機能なんですけど・・・。しかも、プランを変えるときはここを閉鎖してやり直さないといけないのかよ。凄いぜニフティ。

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2005年11月20日 (日)

女に生まれてきたらよかった

syasinn女の子と遊んで帰るときに、マニックスの『BORN A GIRL』が僕の頭で鳴り響く「そして俺は自分が女に生まれてきたら、と熱望する/こんな俺じゃなく/そう、俺は自分が女に生まれてきたら、とつくづく願う/こんな男のできそこないじゃなく」と。

僕は、車、ギャンブル、風俗といった、所謂男の会話にあまり興味がない。だからかわからないけど、昔から友達は女の子の方が多い。でも、女の子達と遊んでいても違和感はあるわけで、いつも「女に生まれてきたらよかった」と思う。男のくせにとか恋愛感情とか、そういう鬱陶しいことから開放されるためにも、女に生まれてきたらよかった。こんな男のできそこないじゃなく。

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2005年11月15日 (火)

謎の電話

今の会社は自分でも続けているのが不思議なくらいに条件が酷い。賃金と休日は少ないし、周りは年寄りばっかりだ。でも、我侭が言えたり居心地もいいのでなんとか気楽にやっている。

今月の初めに、僕のお客様がとても褒めていたので当社に転職をして欲しいという内容の電話が職場にあった。転職しようと思うことが最近は多かったので心が揺れたけど、紹介したお客様の名前は言えないというので電話を切った。なんだか気持ち悪い。いきなり電話をしてきて転職を誘っておきながら、紹介者の名前は明かせないと言う。会社を辞めようとしていることを知っていたり、お客様しか電話してこない職場の番号にかけてくるのも気持ち悪い。

先週もそんな電話が違う会社からあって、今日はまた違う会社から似たような電話が携帯にあった。「今仕事はされていませんよね?」という内容だったので「していますよ」と言って断ったんだけど、新手の詐欺か何かでしょうか。携帯にまで電話があると凄い気持ち悪い。

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2005年10月25日 (火)

おかげ横丁

今日は仕事が休みだったので伊勢神宮に行ってきました。午前中にお参りをして、午後はおはらい町&おかげ横丁で名物の伊勢うどん、てこね寿司、赤福と食べ歩いたんですが、予想以上におかげ横丁の雰囲気が楽しかったです。

おかげ横丁を散歩した僕からの教訓として、絶対にお昼は調子に乗って食べ過ぎないほうがいいです。あちこちのお店から美味しそうな匂いがしてくるので、昼飯を控えめにしなかった自分をずっと呪いながらの散歩になってしまいますよ(笑)

おかげ横丁で毎週土曜 ・日曜 ・祝日、第2・第4月曜日に演奏をしている神恩太鼓というグループの演奏を偶然見れたんですけど、とても礼儀正しくて好感でした。まだまだ若い人たちなのでこれからの活躍を期待したいです。

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2005年9月30日 (金)

現代最高の戦場・報道カメラマン

JN0012SUINGA写真という表現方法は、最もセンスを問われる表現方法かもしれない。受けて側の解釈にあまり万別がないので、他の表現方法に比べてごまかしがきかないからだ。だから写真で重要なのは、なにをどう撮るかではなくて、なにをどこでいつ撮るかである。極論を言えば、タイミングさえよければ誰でも一流の作品を完成させることができると思う。絵や音楽ではありえないことが、写真ではありえてしまうのだ。

男が女を殴っている一場面があったとしよう。絵ならば男を屈強な大男にして、女を少女にすることもできるだろう。少女の顔に涙を加えてもいい。音楽ならば激烈な音で暴力的にしてもいいし、悲しいメロディで悲劇を訴えることも出来る。たとえ男が女を軽く叩いていたとしても、表現者のイメージでなんとでもなってしまうのだ。しかし、写真はそこにある現実を切り取るしかない。

生まれてから一度も笑ったことがない老人がいたとしよう。その老人が人生で初めて笑った瞬間に、その笑顔を捉えることができなければ写真家は終わりだ。絵や小説のようにイメージで笑顔を表現することができないからである。

イメージに唯一勝るものは、なかなか見ることのできない真実を捉えた瞬間だ。そのことをジェームズ・ナクトウェイはよくわかっている。誰もが見ようと思えば見れる真実の瞬間。しかし、実際には見ることのない戦争や公害といった真実の瞬間。そんな瞬間を捉えるために、彼は問題があるところにあえて赴く。「より危険なところに、より近く」彼のスタンスはこうだ。だから、彼は世界で一番真実を知っている男かもしれない。 寡黙に何かを見つめるその佇まいは、悟りを開いた人のようでもある。

「写真家として最も辛いのは、他の誰かの悲劇で得をしていると感じることだ。この考えは常に私につきまとう。個人的な野心を優先すれば、魂を売り渡すことになる。人を思いやれば人から受け入れられる。その心があれば私は私を受け入れられる」
                       -ジェームズ・ナクトウェイ-

PHOTOGRAPHY

戦場のフォトグラファー予告編

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2005年9月21日 (水)

忘れはしないぞ

050921-0101

100sライブ「The Tour of OZ#」を、Zepp Nagoyaで体験してきました。中村一義は最後に、「ありがとう、これしか言えないです」と言って帰っていったけど、うん、ホントに僕もそれしか言えないです、「ありがとう」。

毎日のように聴いている「OZ」だけど、今日はまた違った「OZ」が聴けたような気がする。ライブではメンバーそれぞれの楽器の音が、中村一義の「声」と同じ力を持っていると思う。中村一義が中心というよりも、ステージ全体から100sという光が届いてくるようだ。会場全体がこんなにも幸せのグルーヴで包まれるライブはなかなかない。

それにしても池田貴史を中心に、100sメンバーはみんなおもしろい人ばっかりだな。コメダ珈琲の話題の後の、会場全体が参加したコメダのセッションは最高でした。曲が終わった後の談笑もとても微笑ましい。和んでいる彼らを見ていると、オーディエンスに、「ごめん、ごめん、ほったらかしちゃって」なんて言う冗談が、あながち冗談ではないような気もする。みんな100sでいることが楽しくて仕方ないのだ。こんな素敵な輪だったら、中村一義が100sでやっていきたいわけだよ。詳しいライブの内容はツアー公式ブログで書かれると思うので、興味がある人はそちらも読んで欲しい。

中村一義は『魔法を信じ続けるかい?』の中で、「僕、大好きだよ。みんな。」と歌っている。素晴らしい音楽と人に包まれたZepp Nagoyaの会場で、僕も「僕、大好きだよ。みんな。」という気持ちになったけれど、明日も明後日も同じ気持ちでいられるだろうか。

中村一義を聴くと、その瞬間は誰のことでも愛せてしまう。だけど、現実の世界に戻ると嫌なことばかりで逃げ出したくなる。本当ならば中村一義が歌う世界に行きたいのに、素晴らしすぎて弱い僕はくじけてしまうのだ。でも、今日のライブを体験して、やっぱり音楽を聴いて優しくなったつもりになっているだけではダメだと思ったよ。中村一義のように強くはないので少しずつだけど、それでも確実に進んで行こうと決めました。「そこに愛が待つゆえに」。そんな今の気持ちを忘れはしないぞ。

   あぁ。「忘れはしない。」を、
   さぁ。忘れないぞ。

今日は「いきるもの」を聴きながら笑顔で寝れそうです。

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2005年9月13日 (火)

遺言

芸能・音楽・スポーツ ニュース速報+@2ch掲示板にこんなスレッドが建った。

「好きなサッカーで 世界に胸を張れる 選手になって下さい」元グランパス・福田健二が思い返す「遺言」

1 :物質混入φ ★ :2005/09/12(月) 23:01:50 ID:???0
Jリーグの名古屋、FC東京、仙台でプレー後、南米に活躍の場を求め、現在はメキシコ・イラプアトのエースストライカー。FW・福田健二選手。彼のチャレンジ精神の裏にある、余りに苛酷な過去が、スポーツ雑誌「Number」誌上の小宮良之氏の記事によって明らかとなった────。


彼は今もその日の始まりをよく覚えている。当時、小学5年生だった彼は朝から違和感を感じていた。いつもは窓を開けて手を振ることなどない母親が、自分の姿が見えなくなるまで手を振っている。胸騒ぎを覚えたが、それは少年特有の恥ずかしさにすり替わった。

「母ちゃん、もういいよ。恥ずかしいから」

2限目だった。彼は「お母さんが怪我をした」と校長室に呼び出される。何が起きたのかは分からなかったが、恐ろしいことが起きた気がした。

母はビルの屋上に上がり、自らガソリンをかぶって火を放ち、そのまま飛び降りた。少年は同じ言葉を繰り返していた。「母ちゃんに会わせろ」と。

「親父とは離婚していて…。お金には困ってました。兄貴が貯めていたお金を母ちゃんが黙って生活費に充てて。二人は大喧嘩です。けど、たった1万円ですよ。愛があればお金なんていらない、という人もいますけど、それは本当の貧乏を知らない人が言うことですよ」

福田健二宛に残された遺書には、たった三行だけ記されていた。

「好きなサッカーで
 世界に胸を張れる
 選手になって下さい」

3 :物質混入φ ★ :2005/09/12(月) 23:02:16 ID:???0
福田は声を絞り出す。
「兄貴はこれからのこととか、大学を出て、とか原稿用紙3枚も書かれていたのに、なんで自分は3行、しかもサッカーのことだけなのか、と悩みましたね。確かに、サッカーの練習だけは一度も休まなかったですけど。」

その日から、彼はサッカーを通じて人生を自問自答しながら歩んでいくことになる。朝起きてから夜寝るまで、彼はサッカーを意識して生活する。そうでないと、自分がダメになる気がするのだった。

「母ちゃんが死んだときは、施設に入れられそうになってね。結局、千葉にいたオヤジに引き取られるんですけど…。」

しかし引っ越した千葉での生活は、辛酸をなめ尽くすようなものだった。
「オヤジには『サッカーは金がかかるから辞めろ』と言われました。『勉強も役に立たない』と教科書を捨てられて。中学の時は荒れてたし、先輩から『調子に乗っている』としめられました。一匹狼みたいな感じで突っ張っていて、その筋の人に入らないか、とも誘われました。俺が信じられるのは兄貴だけだった」

中2になると、福田は練習に行けない日が続いた。練習場に通うための、大人800円の電車賃が捻出できなかったからだ。全日本クラブユース出場も、遠征費が払えないからと辞退。それでも中3の冬の大会では、チームメイトだった広山が福田の父に懇願し、足りない旅費はチームのオーナーが肩代わりしてくれたことで彼はほぼ1年ぶりのピッチに立つことが出来た。そこで福田はブランクを感じさせずにゴールを量産し、チームを全国3位に導く。

7 :物質混入φ ★ :2005/09/12(月) 23:02:28 ID:???0
彼はある決意を導き、中学時代を終えようとしていた。福田は真剣な表情でブラジル人少年達が語る言葉を聞き、瞠目する思いだった。

「大きくなったら、プロサッカー選手になって、たくさんお金を稼いで、お母さんに大きな家を買ってあげたい」

自分がプロ選手になっていれば、お母さんを楽にさせてあげられていただろうにと、彼は想像した。当時、日本にはまだJリーグというプロリーグが存在していなかった。だか福田がブラジルに自分が生きる場所を求めたのは、飽食の日本に溶け込めない自分の存在を感じていたからだ。貧しさから抜け出すために懸命に生きようとするブラジル人に、彼は共感を覚えずにはいられなかった。

中学校の担任との進路相談で、彼は真剣な表情で言っている。「卒業したら、ブラジルに行きます」先生は呆けた顔をしていたが、彼は大真面目だった。


2005年8月20日、イラプアトの第3節はホームゲームだった。1-0という場面、彼は任されたPKを外してしまう。
「サポーターにはいろいろ言われているでしょうね。FWは結局ゴールだから、ゴールしないと絶対に評価されない」
彼はこのままでは日本に帰れない、という切迫した心境でゴールを睨み続ける。そして何かあると最後に母がくれたメッセージを思い返している。

「好きなサッカーで
 世界に胸を張れる
 選手になって下さい」

(Number9月22日号より、一部を抜粋)

お母さんを怨んで堕落していくだけの人生でもおかしくないのに、とても立派な父親になっている福田はかっこいいな。

生い立ちを考慮して犯罪者が酌量されることがあるけれど、福田のように生い立ちに関係なく立派な生き方をしている人もいる。同時に、とても辛いことがあっても話しを聞いてもらえない人や、どんなことがあっても一度も荒れることはなかった人の存在も忘れないようにしたい。

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ソング・オブ・フリー

050913-2151僕「9月20日の中村一義のチケットを1枚ください」
数分後に店員さん「ちょっと取り扱いしていないようですねー」
僕「そんなはずはないと・・・」
店員さん「場所はわかりますか?」
僕「多分ゼップだったと思います」
さらに数分後に店員さん「日にちはあってますか?」
自信がなくなってきた僕「た、たしか・・・」
店員さんと一緒に雑誌のぴあから中村一義の名前を探すのだけど、何故か見つからない。心が折れそうになったときに気付いたんです。「あ、今は100sでした・・・」
ということでなんとかチケットを手に入れることが出来ました。

有名な自室「状況が裂いた部屋」から飛び出して、仲間と一緒に歌っていくことにした中村一義をはっきりと体験してきたいと思います。

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2005年9月 9日 (金)

子供なのか大人なのか

僕はタバコが嫌いだ。吸うと口の中が気持ち悪くなる。

僕はコーヒーが嫌いだ。飲むと頭が痛くなる。

でもね、この二つが出合うとミラクルがおきる。まるでヒロトとマーシーのような、モリッシーとジョニー・マーのような蜜月の関係。どっちかが欠けていてはダメなんだよ。二人が織り成すマジック!1+1=2じゃないんだ!うおおおぉぉ!死ねよ俺!

職場の地下にフランチャイズの喫茶店があって、ちょくちょく利用している。今日もお茶をしに入ったんだけど、会計を済ませてから灰皿がないことに気付く。店員「全席禁煙になりました」・・・・・。

ちょっと待ってくれ。ちょっと言いたい。いや、だいぶ言いたい。僕はコーヒーが嫌いなんですよ。タバコがないと飲めないんだってば。この店は新聞や雑誌も置いていないし、ソファも上等じゃないし、タバコを吸うために存在しているような店だったじゃん。コーヒーが嫌いな僕はどうやってくつろげばいいのですか。名古屋は路上喫煙できなくなったからこの店が繁盛していたのに、何か勘違いをしてしまったようだ。

このまま残して帰りたい。でも、嫌がらせと思われたくない。でもでも、コーヒーを飲むと頭が痛くなる。喫茶店に入ってコーヒーの前で申し訳なさそうにしているリーマンを見たことがあるだろうか。結局おかしな人と思われるのが嫌なので、無理して3分の1くらい飲んでから帰った僕は小心者です。

くつろぎに喫茶店に入ったのに、いろんな意味で胃を痛めてしまいました。

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2005年9月 8日 (木)

iPod nanoを買えない理由

050612-1653iPod nanoを買おうと思っているんだけど、悩んでいることが一つだけあって買えずにいる。

色は迷わずブラックに決めました。容量は2GBにするか4GBにするか迷ったけど、先のことを考えて4GBにしようと思います。では何を悩んでいるかと言いますと、iPod nanoを購入したら無料でレーザー刻印をしてくれるんだけど、「メッセージを何て入力しよう」なんて悩みだしたからもうダメだ。僕はこういうのに本当に弱い。熱いメッセージがいいのか、冗談ぽいメッセージがいいのか。自分の言葉がいいのか、有名人の言葉がいいのか。一度入力したら取り消しがきかないし、本当に悩んでしまいます。

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世界が一つになれない理由

名古屋のおいしい蕎麦屋をあまり知らないのだけど、栄にお気に入りの蕎麦屋があって、週に2、3回はここで食事をしている。

今日の昼食も、このお店で天ぷら蕎麦の大盛りを注文した。ここには定食というものがないので、蕎麦だけだと物足りないときには大盛りかおにぎりを頼むことにしている。で、行儀よく待ちながらセンスのよさと身分のよさの優劣について空想をしていると、後からおばさんが来店してきた。

このお店の席は、厨房側のカウンターと通路側のカウンターしかなく、僕は厨房側の席に座っていたのだけれど、何故か空いてる通路側ではなく隣に座ってくるおばさん。神聖なテリトリーを躊躇なく犯してくるおばさんには、僕の「独りにしてくれよオーラ」は効かないというのか。しかも、まるで知っていたかのように僕と同じ品を注文する抜け目のなさ。やるなこいつ。

まず僕のところに天ぷら蕎麦が届く。おばさんから熱い視線を感じるのは気のせいだろうか。程なくしておばさんのところにも天ぷら蕎麦が届いた。ここで僕が一番恐れていたことが現実となる。「ちょっとおおおおおお、明らかに私のほうが少ないじゃないのおおおおおお」おばさん発狂。

世界が絶対に一つになれない理由は、こういう人の存在だ。店員が「こちらのお客様は大盛りでございまして」と言っても「天ぷらの数が一緒だったらわかんないじゃない!どういう店なの!」と、吼える。この、絶対に非を認めない醜さといったら。しまいには「あなたもそう思うでしょ?」と僕に尋ねてくる。頼むから話しかけてくるなよ、飯がまずくなるだろ。

何故、つまらないことで怒鳴ったりするんだろう。バーゲンでレジが混雑していると怒鳴る人、天災や事故で電車が遅れているのに駅員を怒鳴りつける人。僕はこういう人間を見ると本当に逃げ出したくなる。そいつをたしなめたいとかではなく、僕が消え去りたい。もう仕事とかどうでもいいから、お家に帰って布団の中にうずくまっていたいのです。

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2005年9月 7日 (水)

書くことが大切

僕は空想するのが好きな寂しがり屋なので、記録しておきたいこと、伝えたいことが結構ある。でも、書きたい気持ちが強ければ強い内容ほど、逆に書けなくなってしまうことが多い。それは、頭の中で思っていることをそのまま文字に出来ないことのもどかしさからだと思う。

刺激を受けたらすぐに書いてみよう というエントリーを読んで、それはもったいないことだなと思った。いくら自分で面白いことを思いついたり、何かに刺激を受けたことへの意見があったとしても、それを書かなければまったく意味がない。記憶が薄れて忘れ去ってしまい、「あのとき書いとけばよかった」なんて後悔するくらいなら、完璧に伝わらなくてもとりあえず書いてしまうほうが絶対に有意義だ。

せっかくブログというものをやっているんだから、記録しておきたいこと、伝えたいことがあれば、頭の中で思った通りにうまく書けなくてもとりあえず記事にするようにしたい。僕が誰かに、誰かが誰かに、そして誰かからまた僕に、そんな素晴らしい刺激があるかもしれないから。

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2005年9月 4日 (日)

地下の世界を覗いてみよう

去年だったろうか、パリのカタコンベで映画館が発見されたというニュースがあった。バーを備えた食堂まであったというから本格的だ。

カタコンベとは地下の墓場のことで、ローマ帝国時代の地下採石場や石を運び出す為のトンネルが埋葬に利用されていたのだ。

パリの地下にはそれはもう数え切れないほどのカタコンベとトンネルがある。あまりにも長く複雑で無数にあるため、政府ですら全容を把握できていないという。

なんかわくわくしてきませんか?巨大な迷路のいたるところに骸骨がある、まるで地下のお化け屋敷のようなところには一般市民は立ち入らないですよね。そんな場所にはアウトローな人達が集まってくるようです。地下帝国やテロリストのアジトとまではいかないけれど、冒頭の映画館の話のように、謎のアート集団やちょっとした秘密結社は確実に存在しているのだから。

マンホールを開ければ、そこには僕達の知らない世界があるのかもしれない・・・。

ちょっと調べたら凄く興味深いサイトみつけたので紹介catacombes.info マンホールをクリックして開けたらPHOTOSをクリック、パリ市内の大まかな地図が出るので見たい地域をクリック、さらに詳しい地図がでるので左にある地名らしきところをクリック、左下にでたNEXTIMAGEをクリック。そこには驚きの世界が待っていますよ!

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2005年9月 1日 (木)

正義とは何か

image5544858 ケビン・カーターのピュリッツァー賞を受賞した作品「ハゲワシと少女」は深い。深すぎる。

この写真がピュリッツァー賞を受賞したときに「何故、少女を助けなかったのか」と、モラルを非難する声が沸きあがり彼は自殺した。

完璧にスーダンの現状を捉えた写真を報道することが正義なのか、今そこにある窮状を救うことが正義なのか。ハゲワシに狙われている少女しか答えられない問いだ。

ケビン・カーターはスーダンに何しに行ったのだろう。悲惨な状況を伝えるためではなかったのか。良心があるから行動したのに、その良心のために死んだのならば、こんなに切ないことはない。彼を非難できるのは、この写真を見ずとも少女達を助けてきた人だけだ。

彼が非難された本当の理由は、少女を助けなかったからではなくて、写真があまりにも現実の残酷さを捉えてすぎていたためではないだろうか。ピュリッツァー賞に写真部門があるということは、無意識に僕達の頭の中でイメージしているアングルがあるからだと思う。こういう写真だったら涙を流すだろうとか、こういう状況だったら衝撃を与えるだろうとか、そういう感動のアングルがあるはずなのだ。それなのに写真がイメージに忠実すぎると、それは非難の対象となってしまうのだ。普段なかったことにしている残酷な世界は、やっぱり僕達は目を背けていたいんだと思う。

彼を非難した人達は、この写真がフィクションの写真だったらよかったのだろう。絵や文章のほうが優れているとは思いたくないが、なにかリアルな報道写真の限界を感じた。

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